ニューヨークに向かう機内で、ちょっとだけ恥ずかしい話をしよう。僕は傷つくのが苦手だった。あるいは、少し正確に言えば、傷ついた惨めな姿の自分を見るのが、嫌だったのかもしれない。 だから、引くのはいつも自分だった。わかりやすい例えは恋愛だ。好き…
時代のキーワードは承認欲求だと言う。それに囚われているのはいわゆる「意識高い系」の人たちばかりではない。SNSで飛び交う多くの「私の出来事」は、果てのない自分探しの旅の、まだ形を与えられる段階まで辿り着くこともなく藻屑と消えた意識の断片のよう…
気づくことが第一だ。いま何が起きているのか。どうしてこんな苦しみを抱え込むことになったのか。それは何故、僕や彼ではなく、君の掌の上に落ちてきたのか。 吹き荒れる嵐の渦中にいる時、嵐の烈しさにさえ気づけないことがある。雨風にこれでもかというく…
トンネルの中にいた君に、別のトンネルの中にいた僕が声をかけた。もう大丈夫。一緒にここを抜け出して前に歩いていこう。 まだ辺りは暗いかもしれない。けれど手を繋いでいればもう迷うことはない。出口の明かりだってもう見えてきてるんだ。でもそれはまだ…
僕の使っている都心のターミナル駅はホームが櫛形になっており、電車のドアは両側が開く。降車専用ホームの上り階段はふつう人が登って来ることはあまりないので、その狭い階段を僕はその日も逆走して階下に向かっていた。すると降り切る直前に人が登ってき…
発せられない問いには、理由がある。改めて聞くのも野暮なくらい答えの分かりきった、当たり前の質問である場合。あるいは、それだけは絶対に聞いてはいけない、禁断の質問である場合だ。 僕にも発せられない問いがある。君と僕との関係って一体なんなのだ、…
今日もまたこの瞬間がやってきた。9時59分59秒。10時になった瞬間、送信ボタンを慎重に押す。受付確認メールが届いたのをチェックし、送信時刻に目をやる。10:00:01。たぶん、大丈夫だ。 時間とカネと精神と肉体。このすべてをジューサーにかけるが如くひと…
何故僕はそんな個人的な作業を、不特定多数に開放されたサイバースペースの中で行おうと思ったのか。それは多分、僕もまた、承認欲求に囚われた多くの現代人のひとりであるからだろう。 同時に僕はこれをプロットのない小説にしようと考えている。設計もオチ…
僕はなぜここに文章を書いてみようと思い至ったのか。それは多分、これを読んでもらいたいと思う人が現れたからだ。僕はいくつものパーソナリティを使い分けながら生きている。職場の同僚は職場での僕しか知らない。家族は、彼らがそうあって欲しいと願う姿…